アジアから世界で戦えるサービスを作りたいと思った。- LINEを生んだ一橋OG【前編】 –

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2011
にリリースされ、今や日本のみならず、

タイ・台湾・インドネシアなどアジアを中心に
世界で2億人以上の月間アクティブユーザーを擁するサービスに成長した
メッセンジャーアプリ「LINE」
そんなLINEの企画を担当し、
文字通りゼロから作り上げ、

最年少でLINE株式会社の執行役員に就任した一橋OGがいる。

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稲垣あゆみさん
一橋大学社会学部卒業後、ベンチャー立ち上げや中国ネット系会社の日本法人を経て、
2010年ネイバージャパン株式会社(現LINE株式会社)に入社。
LINE立ち上げ当初より企画を担当し、
2015年4月、LINE企画室室長に就任。
2016年1月、最年少で執行役員に就任。現職。


学生時代、国内外を合わせて9社でインターンを経験したという稲垣さん。
前編では、何を考えて学生時代を過ごしていたのかに迫る。  


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ー本日はよろしくお願いします。
学生生活のお話を中心に伺っていこうと
思うのですが、まずそもそも
どうして一橋に来ようと思われたのですか?

高校時代から経営や組織論を学びたいと思っていて、「AERAムック」の経営特集を読んだ時に、野中郁次郎先生が文章を書いていたことから興味を持ちました。一橋はビジネスで有名でしたが、大学の先生にお会いしたことがなかったので、実際に大学フェアに話を聞きに行ったんですね。そこで、一條和生先生の話を聞いて面白くて、「これは一橋だ」と思って高校2年生の時には決めていました。一條先生のゼミのWEBページに書きこんでゼミ生の人達とやりとりしてましたね。笑

ー社会学部に進まれたのはどうしてだったんですか?

ひとつは先ほどお話した一條先生が社会学部だったことですね。それから当時、経営の他にも家族学や心理学にも興味があったので、社学であれば全部学ぶことができそうだと思ったからですね。入ってからは社学に加えて商学部の授業も受けていました。学部に縛られず、行き来できる一橋の環境は私には合っていたなと思います。

ーちゃんと、学びたいことが明確だったんですね。授業は大分真面目に出られてたんですか?

興味があるものには笑。大学ではベンチャーの立ち上げに携っていた4、5年生の先輩方と仲良くしてもらっていたので、その紹介で違うゼミに参加したり、全然単位にならない大学院の授業を先生にお願いして出させてもらったりしてましたね。あとは、ビジネスをするにはテクノロジーの知識も必要だと思って、東工大・医科歯科大と連携してる4大学連盟のコースを受けたりもしました。


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ー一方で一年生の頃からインターンしていたともお聞きしたのですが。

インターン自体は、一年生の夏休みから楽天で始めたのが最初ですね。ただ、その前に4月から、ETIC.というNPOが主催していた事業計画講座に参加していました。元々は高校生の時に読んだAERAのインタビューにEITC.代表の宮城さんのお話が載っていたのをみて面白いと思ったのがきっかけです。大学受験が終わった3月にインターンさせてほしいと話しに行ったのですが、その時は「高校生だからまだ早い」って断られてしまいました。

でも来週から事業計画講座が始まるからそれを受けてみれば?と誘ってもらって。学生15人くらいで慶應の三田祭で儲けるための事業計画を立てて実行するという講座だったのですが、何の模擬店をやるかアイデア出したり、ベンチャーキャピタリストの方に見てもらいながら、生産効率を高めてどう営業するか色々考えたりしていました。

その事業計画講座を通じて、人を巻き込んで組織をマネージすることに興味を持ったので、中田英寿さんがプロデュースするカフェの立ち上げで学生百人くらいのリーダーをやったり、あとはアジアに興味があったので、韓国のベンチャーでインターンもしましたし、学生時代は色々経験しましたね。

 

ー学外の活動に夢中になって学校に来なくなる人もいますが、授業とインターンは稲垣さんの中でどう結びついていたんですか?

私は何か学ぶと行動したくなって、やるともっと知りたくなって、という繰り返しでした。“こういうことに興味がある”と発信していると周りがその機会をどんどん紹介してくれたんですよね。

例えば、NPOベンチャー系の導入ゼミを受けていたらETICで社会起業のプロジェクトをやるから一緒にやる?って誘ってもらったり、政治論の授業が面白くて友達に政治の仕事に興味があると言ったら、選挙ポスターを作っている会社で働くことになって、毎日民主党の事務所に通うことになったりとか。そんなことをやっていると学生時代はあっという間に終わっちゃいました。

 

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ー随分と活動的だった様ですが、学生時代をどう過ごそうと考えていらっしゃいましたか?

一年生の時、大前研一さんのビジネス講座に通っている先輩からロージナに呼び出されて、「俺は法学部に入って、政治家とか弁護士を目指して突っ走ってきたけど、何か違うと思って今ビジネスに切り替えたんだ。あゆみも興味あることをとことんやって何か見つけられるものがあったらいいね」っていう話をしてもらったんですよね。

あとは、楽天で働いた時に間近で働く社員の方を見て、「社会人てこういう生活なんだ」ってイメージがついて、自分の好きなことを時間気にせずトコトンできて、しかも学生だからって許されるこの学生生活っていう時間はすごくいい時間なんだってその時実感したんです。

実際、
どういう形で自分が社会に関わっていけるのかは分からないから、学生時代はそれを色々試せる期間だと思って、とにかく興味のあることにとことんチャレンジしようと思っていました。

 

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ー自分の将来について、試行錯誤を繰り返す期間として学生の間に色々チャレンジされていたとのことですが、新卒では韓国系のネット会社に入社されたとお聞きしました。どうしてそこに辿りついたのですか?

アジアの力強さとかパワフルさみたいなものには元々惹かれていて、3年生の時に休学して半年間、韓国・中国へボランティアをしに行ったんです。日本ではやっとmixiが始まってSNSが広まりはじめた時期でしたが、韓国ではその2、3歩先を行っていて、みんな当たり前のようにネットのコミュニティやメッセンジャーアプリを使っているのを見て、アジアのネットサービスって面白いなと思って。日本はオフラインの事業が発展しているので、そこでビジネスができてしまうけど、逆にオフライン事業がそこまで発展していない韓国・中国では、コストがかからなくて手軽に始められるオンラインのビジネスが発展していたんですよね。

あとは、楽天でインターンしていたので、ネット系の会社だと市場として若い人にもチャンスがあって、女性でも活躍できるっていうのがイメージ出来ていたんです。一方で、東アジア共同体ってどうやって作るんだろうって本を読んだり、政治や外交の活動もやったりしたんですけど、何十年という長い時間をかけて形にするプロジェクトは自分には向いていないのでは?という思いもありました。

最終的にはネット業界に進んだのは、そのビジネスも好きだしインパクトも大きいし、チャンスがある。そしてこれまで出会ったネット業界の人たちも魅力的で、「ここで自分は何かが出来そう」と思えました。

アジアはものすごくパワフルだから、アジア発の世界で認められていくネットサービスを作ることが、日本、韓国、中国、東アジアの関係性やあり方に、自分が関わっていけることなのかなっていうのが、学生時代を通じて自分が出した結論でした。

 

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writing Koujiro Ichimura
photo   Keito Okuda

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後編(10月30日公開)コチラ

HITPORTについて興味を持った方

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