プロサッカー選手になる夢への挫折の後に起業【世の中を熱くする冨田氏の学生時代】

今回HITPORT編集部は、来たる12月14日に開催するイベント、Hitotsubashi Innovators’ Summitの登壇者の1人である冨田和成さんのお話を伺うために、株式会社ZUUのオフィスにやってきた。

学生時代にサッカー選手を目指していたという冨田さんは、なぜ今、起業してビジネスの世界で挑戦しているのだろうか。冨田さんの学生時代や、理想の世界、そして学生時代から色々な学生とつながる中で感じた一橋生の良さについてお話いただきました!


株式会社ZUU代表取締役社長兼CEO

 冨田和成さん

一橋大学経済学部卒業後、2006年野村証券に入社。
同年代のトップセールスなど数々の会社史上最年少記録を樹立。
シンガポール/タイ駐在、ビジネススクール留学を経て
2013年、株式会社ZUUを創業、代表取締役社長兼CEO就任。
企業成長率ランキング「日本テクノロジー Fast50」1位獲得、テクノロジーベンチャーアワード「2016 Red Herring Global Top 100 Winners」受賞。
著書に発売1ヶ月で7万部を突破した「鬼速PDCA」(クロスメディア・パブリッシング)。

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プロサッカー選手を目指した学生時代

ー学生時代にはプロのサッカー選手を目指していたという話を伺いました。一橋生でプロスポーツ選手を目指している方はほとんどいないので、珍しいですね。

僕は目の前のことに熱中するタイプで、学生時代、サッカーがメインの生活でした。小学生の時からずっとサッカーをしていて川崎市の選抜に選ばれるようになったことで自然とプロを意識するようになりました。

毎日のように練習し、高校時代は神奈川県上位まで勝ち進みました。ポジションはキーパーで、チームを鼓舞することを特に意識していました。高校3年生の時にはプロテストに挑戦したのですが、結果は不合格でした。

 

ーなぜサッカーの強豪校ではなく、一橋大学に入学したのでしょうか?

実は高校サッカー部を終えた後、一度、サッカーは辞めようと考えていました。1年間浪人したのですが、サッカーと同じぐらい「熱くなれる目標」を置きたいと思い、当時の学力的にも「一橋大学合格」は高い目標だと思い、一橋大学を目指しました。結果、合格することができました。

そして、入学後、ずっとア式蹴球部から勧誘を受けていたのですが、「高校までにサッカーはやり切った」つもりだったので断っていました。しかし、たまたま母校の試合を見に行く機会があって。後輩たちの打ち込んでいる姿を見て、また熱い気持ちが込み上げてきたのです。その後、誘っていただいたア式蹴球部の先輩に「入部します!」と伝えました。

 

ーその後、プロになろうとサッカー漬けの毎日だったんですね。

そうですね。大学1年の時はずっとサッカー、サッカー、サッカーという生活でした。チームメンバーには高校時代に北海道選抜や、広島県で3位になったメンバーなど、優秀なメンバーが揃っていました。しかし、下位リーグに降格してしまい、悔しくて、このチームを強くしたいと思い、元々努力の量に自信があったので、徹底的に練習しました。

しかし、練習のし過ぎで大学1年の終わりにヘルニアを患ってしまったのです。それで半年間サッカーが出来ない状態になってしまいました。半年後にはプレーできるようになったのですが、以前のようなプレーはできなくなり。努力だけではプロの夢が叶わない現実を知り、プロになるという夢を諦めざるを得なくなってしまいました。夢が潰えて、このもやもやした思いをどうしたら良いのだろう…という、何かスランプみたいな状態に陥りました。

 

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南極の氷が溶け落ちるほど熱い世界を創りたい!

ーその後はどうされたのでしょうか?

昔から人を熱くするのが好きで、教員の道へ進もうかと思い、教員免許を取ったりしてました。そんなある日、友達が学内で開催される合同企業説明会に行くとのことで、誘われて暇つぶし感覚で行ってみたのです。そこで、とある通信事業会社と教育系企業の説明を聞いたのですが、様々な話を聞く中で「自分のやりたいことはビジネスでもできるし、その方が規模も与えられる影響も大きいかもしれない」と気付いたのです。そこでビジネスって面白いなって思って、モチベーションがサッカーからビジネスの方へ向いていきました。

 

ービジネスの何が面白いなと思われたのですか?

大きなフィールドで大きなことにチャレンジしていたことです。実は自分が今までサッカーに燃えてきたのも同じ理由だということにその説明会で気付きました。そして僕はサッカーを通じて熱くなってきて、だからこそ人生が充実していたんですね。夢を目標にしてイキイキしていた。こういう思いを他の人にもしてほしいと思いました。

多くの人が夢や目標に向かって熱くチャレンジできるようにしたい。その結果として南極の氷が溶け落ちるほど熱い世界を創りたい。ちなみにこれが今の会社のミッションになっています。

 

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ビジネスに興味を持ち、学生起業

ーそしてビシネスに興味を持って起業されるんですね。

はい。当時は日本ではmixiが若者を中心に伸びていて。mixiの中に色々なコミュニティがあったんですよ。例えば就活の情報交換のコミュニティやロジカルシンキングやプレゼンテーションの勉強会みたいなコミュニティです。そういったコミュニティに色んな人が情報を取りに来ていたんですね。こういったコミュニティをもっと活性化できたら面白いなと思いました。

そこで無料のメールマガジンを作って、そこのコミュニティの人たちに良質なコンテンツを届けました。その結果、ハイエンドの就活生や、スキルアップ意識の高い若いビジネスマンのデータベースが出来てきて、そういったユーザーに向けて広告やイベントを打ちたいという企業がついてきて、ビジネスが成立しました。

今でいうコンテンツマーケティングですね。とりあえず良いコンテンツを作ったら、ユーザーが集まってきて、その後にそのユーザーにリーチしたい企業がついてくる。今ZUUでやっている事業にも通ずるモデルです。その後は、事業を他の人に譲渡して、野村證券に入社しました。

 

ー教育や人を熱くすること、ビジネスに興味を持った中で、なぜ野村證券に入社を決めたんですか?
野村證券を選んだ理由は2つあります。1つは自分の求めていた環境があったことです。これまでサッカーという場で、高い目標を掲げ、自分を追い込んで厳しい環境で育ってきた中で、野村證券にはそういう環境があるなと思いました。

もう1つは自ら事業を立ち上げたときにあった3人の経営者から全く同じことを言われたんです。経営者っていうのは財務とか法務に弱い、この2つが弱くてビジネスがうまくいかないことが多いと。だからファイナンスというのは面白い分野なのかなと思いました。

 

ー自らの事業をそのまま続けようとは思われなかったんでしょうか?
野村證券と自らの事業は全然天秤にかけませんでした。将来、圧倒的で、絶対おもしろいことを達成してやろうと思ってたのですが、はじめて自分自身で事業を立ち上げて、ビジネスに接点をもったばっかりで、当時の自分ではそこまでのロードマップが全然見えなかったのですよ。

学生時代にいろいろな価値感に触れることができたことで、就職し、もう少しこれを続ければもっと広い世界が見えて、ロードマップも見えてくるのかなと思いました。

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プロサッカー選手になる夢を抱き、サッカーに打ち込んでいたものの、怪我により挫折。その後、ビジネスの面白さに気付き、南極の氷が溶け落ちるほど熱い世界を創りたいと思った冨田さん。後編では、野村證券を経て起業した経緯、そして一橋があったから今の自分があると語る冨田さんが思う、一橋の良さについてお話いただきました。

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