音楽が好き。でも、音楽家にはならない。

一橋大学×音楽 


YAMATOさん

ふとした出来事で、運命が大きく変わることってありますよね。今回は、YAMATOさんの運命の場所、Celtic moonというカフェで取材をしてきました。前編では、高校時代から音楽が好きで、地元では有名なバンドのメンバーだったYAMATOさんが、一橋大学に入るまでのお話を伺いたいと思います。


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――今日はよろしくお願いします。初めに、自己紹介をお願いします!

YAMATOさん「こんにちは、YAMATOです。Funk、House系の音楽を中心に演奏、制作活動を行っています。都内のクラブでスタジオミュージシャンや音響オペレーションアシスタントとしての仕事に精を出したり、昨年はAcid Jazzを愛するあまりロンドンの音楽シーンへ飛び込んだりもしました。ここ最近は、春から正式にミュージックデザイナーとしてお世話になるブランディングミュージックサービス会社で日々インターンとして働いています。よろしくお願いします。」

――ではまず、就職先のお仕事について詳しく教えてください。

YAMATOさん「レストランやホテル、アパレルの店舗などを音楽で彩る仕事をしています。それも、ただ単に彩るだけではなく、来るお客さんに心理作用を狙って音楽を流します。簡単に言うと広告の音楽バージョンですね。世界的に見ると規模は大きいのですが、日本にではまだ10年ぐらいしか歴史がなくて、社員も僕を入れて6人だけなんです。」

――すごく少ないですね。

YAMATOさん「日本ではまだブランディングミュージックという概念がそもそも広まってないんですよね。でも、逆にまだまだ伸びしろはあると思いますし、年々業績も伸びているので、これからが面白いのかなと思っています。日本でも色々なBGMプログラムがありますが、必ずしもそれぞれの店舗やブランドに合わせて個別にカスタムされたものではなくて、店主が本来求めていたものと逆の心理効果をお客さんに与えている可能性もあるんですよね。お店とお客さん双方にとってwin-winになる音楽を提供するのが僕たちの仕事です。」

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音楽を好きになった中高時代

――では、ここからはYAMATOさんの過去のお話を聞きたいと思います。まず、音楽を始めた経緯を教えてください。

YAMATOさん「音楽をやりたいと思ったのは中学生の時です。中学3年生のときに同級生とバンドを組んでライブをして、その楽しさを知りました。高校ではバンドサークルと陸上部を兼部しようと思っていたのですが、校則的にNGで。結局、音楽は外でもできると思って、陸上部に入ることにしました。ただ実際、高校でバンドメンバーを募ろうと思っても、興味のある人はみんな軽音部に入っていて、しかも軽音部員は外の人と組んではいけないというルールがありました。そこで、学外の人とバンドを結成して活動するようになりました。メンバーに恵まれ、イベントでの最高動員記録を樹立したりと、広島のバンドマンの中で高い知名度を得ることができ、音楽活動を将来にも活かしたいなと思うようになっていきました。」

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1つだけより、いろいろを

――音楽が好きで、成果も出していたわけですが、どうして一橋大学に入学しようと思ったんですか?

YAMATOさん「とりあえず東京に行けば音楽ができると思っていて()東京に行く口実のために、一橋に行くことにしました。親とは喧嘩をしましたが、なんとか理解してもらいました。」

――東京の大学には他にもあると思うんですが、なぜ一橋だったんですか?

YAMATOさん「何をするにもできる限り上を目指したいという思いがありました。ただ文転した身として、東大を受けるために社会科目を2つ勉強することは正直きつかったという事情もあって一橋を目指すことにしました(笑)」

――芸術方面の最高峰としては芸大もあると思うんですが、芸大はなぜ選ばなかったのですか?

YAMATOさん「大学で音楽を勉強すると、音楽しかない大学生活になりそうだなと思いました。音楽は自分でもできるし、アカデミックなこと等、色々なことをする大学生活にしたかったんです。専門学校という選択肢もありましたが、音楽だけになってしまうのが嫌でした。音楽好きな人がミュージシャンになってしまったら、無趣味なミュージシャンになってしまうと思うんです。例えば、ビジネスマンになれば、音楽を趣味に持った上で、他にプロフェッショナルなものを持つ人になれるじゃないですか。自分の持っている一つだけの方向に進むよりも、色々なことを経験していった方が、多様な専門性を持つことができて面白いかなと思ったんです。単純にいろいろなことを楽しみたかったですしね。」

――なるほど、それで一橋大学に入ったんですね。どんな大学生活でしたか?

YAMATOさん「始めは音楽系のサークルに入って演奏をしたりもしていたのですが、徐々に、作曲やセッションをすることに興味が移っていき、自分で作った曲をSound Cloud上にアップして、全世界に発信する様になりました。力試しという側面もありましたし、ソーシャルメディアマーケティングにも興味があったんです。海外の小さなレーベルから話があったり、イギリスのラジオで取り上げられたりもしました。

 

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音楽を演奏することから、作曲に興味を持ち始めたYAMATOさん。
後編ではいよいよ、そんなYAMATOさんの運命を変えた出来事に迫ります。

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