若者と農業を繋げる仕組みを。ぽてとの種から生まれた「よんあーる」とは? 種を植えた男達 第二話

一話では森田さん(画像左)と松浦さん(画像右)に農業への興味を持ったきっかけや「ぽてと」が一つのツイートから設立されたところまで伺いました。第二話では「ぽてと」の沿革と「よんあーる」について伺います。「よんあーる」とは?「ぽてと」とどう違うのか?ご覧ください。

 

~「ぽてと」の育ち~

ーツイートをしてから畑を探して立ち上げられた「ぽてと」。その門出はどのようなものでしたか?

森田 Twitterでは運営メンバーを募って、4人集まりました。それに加えて説明会を秋までに10回ほど開いて、あっという間に2~30人位入りましたね。この辺は口コミベースが多くて、農業が、というより「なんか新しいのがはじまったな」というノリの人が多く、あまり定着はしませんでしたね。

ーかなり急激に人数が増えたということで、組織としてのマネジメントはどのようにされましたか?

松浦 とにかく仕組み化でした。急激な人数の増加にまとまりを欠く、など組織が追いつかなかったので執行部をつくって解体して…というようなことの繰り返しで、まぁキツかった(笑)。その試行錯誤の中よりいい仕組みを模索していきました。

森田 サークルなので基本的にゆるさを出しつつ運営はカッチリと動かしていくっていうのが難しかったよね。大人数が一定量コミットして、なおかつ友達関係も築けるような仕組みを作っていくのが。

ーその試行錯誤の様子を教えてください

森田 設立当初は、「新しいのでなんでもできます!」というのを前に押し出して知名度向上を狙いました。

 そこから半年ほど、運営は立ち上げ期の5人の合議制を取っていたんですが、うまく行かなかったため、学祭など分担のできるもののグループに各々1人担当をつけて、11人からなる執行部をつくりました。しかしこれも責任の所在が不明瞭だったりしたので、担当と執行部(3人)を完全に分けて、部署は執行部に連絡を上げ、執行部は長期的ビジョンを描く、という風に体制をつくりかえました。

松浦 ”痛みを伴う改革”だったね(笑)

森田 うん、執行部の人に辞めるよう伝えたり、全員に残るかどうか聞いて20人位メンバーを削ってね。あれは心苦しかった。

松浦 あとは「月担当」という制度をつくりました。元々活動日は森田が決めてたんですけど、谷保の畑いったら誰もいない、みたいなことがあって。そこで月ごとに担当のグループが5人くらいいて順番にひとりずつ担当日を自分の都合に合わせて決めるんですね。そうしたら「自分一人はやだ」っていう心理が働いて担当者が自主的に参加メンバーを誘うようになったんです。それで他の人も参加しやすくなってっていう好ループが生まれましたね。

ーなるほど、僕らの団体としても参考になります。そうした考えはどのように生まれたのですか?

森田 最初は他の団体さん、国際部や一橋硬庭、写真部といった一橋の団体から他大の農業系サークルなど様々な団体にお話を伺いに行きましたね。あとはとにかくトライ&エラーでやって改善しての繰り返しでした。例えば今の団体の運営などに不満や問題を感じている人がいたら、実際に変えてみるといいと思います。うまくいかなければまたちがうことをすればいいし。

ートライ&エラー、大事ですね。

「ぽてと」の活動風景

 

~「よんあーる」、設立~

ーさて、ここからは「よんあーる」についてのお話を伺いたいと思います。一年の時に「ぽてと」をつくり、ここまで成長させたお二人が今年から新たに立ち上げた「よんあーる」、「大学生による農業プロジェクト」とのことですが、「ぽてと」とはどのように違うのでしょうか?

松浦 よく聞かれる質問なんですが、「ぽてと」はサークルとして人を巻き込み、みんなで楽しくというビジョンをもって運営していました。それに対して「よんあーる」は、仲間を増やしていこうという目的よりも、若者と農業の距離を縮めようというまた別のビジョンを掲げています。サークルという形ではなく、より大規模にプロジェクトを進めていこうとしています。とはいえまずは農業についての勉強をもっとしなければ、という課題意識から、よんあーるは始まりました。

ー「農業について勉強」とは詳しく言うとどんなことなのでしょうか?

森田 具体的には実際に野菜を生産することや農業関係者の方をお呼びしてセミナーを開いたりこちらからお邪魔したり。あとは様々なメディアで記事を書かせていただくこともあります。

「ぽてと」での活動を通して、若者の農業に対する潜在的興味があることは実感しました。しかし一方で地方の農業の、特に中山間などで作物を生産していても儲からないような現状も目の当たりにして、若い人と農業をもっと結び付けたい、その仕組みをビジネスとしてつくりたいという思いが強まったんです。しかしそのための知識が圧倒的に足りない。それは農学にしろビジネスにしろ政策にしろです。なのでまずは学ぼうということで「よんあーる」を立ち上げたんです。


~農業の、今~

ー具体的にはどんな知識が必要なんですか?

森田松浦 それが分かんない。やばい(笑)。何が分からないのかが分からない…。

森田 なのでとにかく色々ですね。MBA通ってビジネス学ぶのも一つだろうし、生産を通して実際に畑で農家の人が何をしてるのか、というのを知る。さらには様々な講演会にお邪魔してプロの話を聞いたり…やれることは色々あります。

ーロールモデルのようなものはないんですか?

松浦 ないですね。若者はたくさんお金を持っているわけではないし、中山間や都市農業など、不利な条件でやっている農業となったらビジネスとして取り組む人はなかなかいませんよね。

ー険しい道のりですね…。なぜ中山間に着目をしたんですか?

森田 まず、僕は基本的にできるなら農業は大規模化・効率化したほうがいいと考えています。しかしそれができない条件の悪い地域はただ取り残されている。それが目立つのが中山間というわけです。こうした現状に対して、合理化を進めて弱小農家を淘汰する、というような考え方もあります。

そのような地域の農業を残すべきかなくしてもいいか判断することは、僕にはできません。

しかしもしそこにビジネスでもってちゃんとお金が発生するような仕組みをつくれれば、そういった地域の農業も、農村も残るだろうということは言えると思うんです。

ーお金が発生する仕組み、ですか。例えばITを利用して効率化を図ったり植物工場での生産により擬似的に大規模生産を実現できたりはできないのでしょうか?

森田 結論から言うと難しいかと。まずITに関しては、愛知に、トヨタの「カイゼン」を導入してスマホで農作業の管理をしている法人がいらっしゃるんです。東大の講演会でそのお話を伺って、面白そうと思い交渉しお邪魔して、実際になるほどとは思ったんですけど、それによって変わるのって結局人の仕組みなんですよね。

また植物工場も千葉大柏の葉キャンパスの実験施設を拝見したのですが、こっちはコストがかかりすぎる。いずれも「改善」にはなるけど「イノベーション」になるのは難しいかと個人的には思います。

松浦 結局「構造」を変えなきゃいけないと思うんです。少子高齢化が進んで耕作放棄地が増えるスピードは加速の一途を辿ります。そうすると1,2年で復旧が難しくなり、どんどん悪循環に陥ります。なんとかしてこの構造自体を変えないとどんどん課題は増えていくと思っています。


第二話では「ぽてと」の活動やそこから生まれた「よんあーる」、そしてそこでのお二人の農業に対する想いをお伺いしました。農業の話をする際のお二人の熱量を少しでも読者の方にお伝えできることを祈りつつこの記事を書いています。第三話ではいよいよお二人の将来について、そして一橋生の皆さんへのメッセージをお伺いします。


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