ゴールドマン・サックスを経て起業。 IT×医療で自らの信念を実現する熱き起業家 前編

株式会社メディウィル 代表取締役社長 城間波留人さん

 社会で活躍されている一橋が誇る起業家やイノベーターに迫るこのシリーズ。記念すべき第一回目の取材に応じてくださったのは2002年商学部卒の城間波留人さん。ゴールドマン・サックスで4年間のファーストキャリアを積まれた後、退職し起業。自ら立ち上げた医療情報webサービス「いしゃまち」は、月間550万人に利用されるまでになり、多くの人の「大切な人の健康を守る」という思いをサポートしている。

 「二つ選択肢があるときは、よくわからなくても感覚的に面白いと思う方を選ぶようにしている」とおっしゃる城間さん。なぜ起業の道を選択したのか。前編では学生時代から4年間のファーストキャリアを経て起業を決断するまでの彼の人生にスポットを当てる。

 

「起業・ベンチャー」との出会い―会社の一生を経験した学生時代

 

−–津田:「学生時代は何をなさっていましたか。」

 

城間さん「1~2年生の時は特にこれといったものをしていませんでしたが、3年生の後半から一年休学し、シンガポールと日本で展開するベンチャー企業で長期インターンをしていました。

 インターンでは、その企業の日本法人の設立を手伝った後シンガポールへ渡り、テレアポや新規開拓などの営業活動を経験しました。シンガポールでは半年間会社に住み込みで働いたのですが、業績が伸びず、結果的に会社が起こり衰退していくという「会社の一生」をこの目で見ることになりました。」

 

津田「インターンを始めたきっかけは何だったのですか。」

 

城間さん「始まりは2年生の時に大学で開催された起業家セミナーにふらっと立ち寄ったこと、ですかね。その頃から既定のレールに沿って歩んでいくことに疑問を抱く思いがあったのかな…。そのセミナーで、まだ事業を始めたころの楽天の三木谷社長や松井証券の松井社長の話を聞き、起業に興味を抱くようになりました。

 これがきっかけで3年生の時にITと起業をテーマに掲げていた元NTT研究所の所長だった石野福弥先生のゼミへ。そこで出会ったゼミの先輩に「日本とシンガポールで起業するベンチャー企業の手伝いをしないか」と誘われてインターンに挑戦することにしたのです。」

 

––津田「1年休学し、ベンチャー企業という未知の世界に飛び込むことに怖さはなかったのですか。」

 

城間さん「楽しそうという思いが強く、怖さはありませんでした。選択肢が二つあるときには、よくわからなくても感覚的に面白いと思う方を選ぶようにしていたので。また、このまま就職活動を行っていいのかという思いもありました。休学するのにお金がかかって親に迷惑をかけるということもなかったし、それならやってみようかなって。」

 

––津田「インターンの経験で何を得られたとお考えですか。」

 

城間さん自信、かな。自信を得ることができたのが大きな収穫でした。海外という全く知らない環境に飛び込んでも大丈夫、なんとか生きていけると思えるようになりましたね。

 また、テレアポや営業活動での成功体験も自信につながりました。と同時に、インターンを通して自分に何ができて何ができないのかがはっきりとわかり、自分の力不足を実感しました。それで一度就職して自分に力をつけようと思ったのです。」

 

––津田「他に学生時代にやっておいてよかったこと・やっておきたかったことはありますか。」

 

城間さん「やっておいてよかったことは、留学生を含めた大学の仲間との交流ですね。社会人になっても学生時代に知り合った仲間との縁って一生続いていくものですから。そういった仲間との縁を大切にした結果、結婚式の幹事の依頼をたくさん受け、一時は大変なことになりましたが(笑)。

 やっておきたかったことは世界中の隅々までバックパッカーとして巡ることです。インド、東南アジア諸国には行きましたが、中東、アフリカ、南米、南極(笑)、などなかなか行けないところに行ってみたかった。社会人になるとまとまった時間を作るのが難しくなるのと、家族や会社など守るべきものができて、学生のようには一人で海外を回ることができなくて。

 他に思いつくのは教養の勉強。経営者になって、30代後半頃から教養を学びたいという思いが強くなったので、学生のうちから哲学、思想、歴史といった教養をしっかり学んでおけばよかったと思っています。」

 

城間さん

ゴールドマン・サックスで過ごした4年間 -その先に見えた「起業」という選択

 

––津田「ゴールドマン・サックスでの4年間を振り返るといかがですか。」

 

城間さん「短い期間でしたが本当に多くの方々にお世話になり、素晴らしい会社で働けたことを今でも心から感謝しています。その時に一緒に働いた先輩からアドバイスをいただいたり、その時の同僚がメディウィルを手伝ってくれてもいます。

 私が入社して配属された部署は資本市場本部という企業の資金調達のお手伝いをする部署でした。せっかく雇ってもらったからには会社に恩返しをしたい。そういう気持ちがあって、がむしゃらに働きましたね。3年目にかけて会社初となる資金調達方法を企画して実現できたことから、4年目からはもとから興味があった会社の自己資金で運用を行う投資チームに異動させてもらいました。

 そこでは、投資サイドに立って上場企業の事業内容や企業価値を調査し、上場株を運用、パフォーマンスを出していくという業務に携わりました。多くの経営者の方々のお話を伺うIR (Investor Relations)を通じて、実際に事業会社を調査するにつれ、会社を経営してみたいと思う気持ちが強くなっていきました。」

 

––津田:「4年間のファーストキャリアを経て起業されたわけですが、なぜ起業しようと 思ったのですか。」

 

城間さん「大学でのゼミやインターンの経験から、元から「起業」という選択肢は頭の片隅にはありましたが、投資業務を通じて多くの起業家にお目にかかったことで、徐々にその気持ちが膨らんでいきました。

 そのうえでひとつのきっかけとなったのは、ある専門家に相談していたときのことです。その専門家と話をしていく中で、この人は「個人の城間波留人」ではなく「会社の城間波留人」と付き合っているのだなと感じることがありました。もちろん、仕事なので仕方ないのですが、個人ではなく、会社のブランドを見てお付き合いをされるのは寂しいなと。

 そこで、ゼロから始め何もない「ただの城間波留人」として付き合い、信頼してもらえるような関係を作っていきたいと思い、起業に踏み切りました。」

 

 

 前編では城間さんが過ごした学生生活と、起業を決断するに至った経緯についてお届けした。特に学生時代のお話は読者の皆さんの心に響いたのではないだろうか。後編ではゼロイチへの挑戦やその魅力、さらには現在に至るまでに形成された城間さんのキャリア観に迫る。

 

 

後編

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